浦添グスクの北側崖下にある浦添ようどれは、英祖王が築いたといわれていて、その後、尚寧王が改修し、自らも葬られたそうです。
「ようどれ」とは琉球語の夕凪と言われます。
別説では極楽を意味するとも考えられてます。
沖縄の墓造りの原型になったと考えられていて、墓の中の石厨子は県指定文化財。
仏像、鶴、亀などの見事な彫刻が施されていて仏教文化の影響を色濃く残しているそうだ。
沖縄戦で崩れてしまっていますが、「暗しん御門(くらしんうじょう)」と言うトンネル状の通路跡も観ることができます。
浦添ようどれ 浦添グスク近く琉球王国初期の王陵

浦添ようどれ
